経営管理部の一員として
グローバルな視点を身に着ける、
「市川祐未(経営管理部)」の
キャリアステップストーリー。
グローバルな視点を身に着ける、
「市川祐未(経営管理部)」の
キャリアステップストーリー。
店長経験を経て、現在は経営管理部で中長期的な経営戦略の策定や、海外事業の窓口に携わる市川。実は、入社前は海外留学を選ぶか就職を選ぶか、と悩んだ。入社後は店長にステップアップすべきか悩んだことも。転機の度に出会いが背中を押してくれた、という市川のキャリアステップストーリーとは。
市川 祐未
経営管理部
2009年に新卒で入社。副店長を1年務めたあとに、3ヶ月間オーストラリアへ研修に。フードサービスを、現地のKFCで学ぶ。その後、銀座INZ店の店長を経て、経営管理部へ異動。仕事内容が大幅に変化する中、店舗時代の経験と語学力を活かし、現在は、社内会議体の運営、タイを含む事業投資先の業績モニタリングや報告資料の作成などを通じて、経営支援にも携わっている。
2009年
新人時代
大学卒業後は、海外留学をするか就職かで悩んだ市川。当時のKFCには「語学研修※」を希望できることを知り応募。面接を担当した人事の皆さんが明るく、社内の温かさが表れているようで、その雰囲気に惹かれて入社を決めた。新人時代は、オリジナルチキンのつくり方を1から学んだ。新入社員のころは、パートナーの方がキャリアが豊富なので、彼らに信頼されるために必死になって技術を習得した日々だった。“調理器具の使いやすい配置”や“いつ何を準備するかのスケジューリング”など、自分らしい工夫を施す中で、周囲からも認められる存在になっていくことができた。
※2021年2月現在は制度調整中。
※2021年2月現在は制度調整中。
2011年
副店長時代
副店長になり、オペレーションだけでなく、店舗の管理面にも関わるように。手づくりにこだわりながら、前年実績を参考に調理数を予測するなど数値感覚を養っていった。また、ロスが出た際には、“つくりすぎてしまったため”か、予想より“お客さまが少なかったのか?”などの要因を分析。副店長としての視点を少しずつ身につけていった。
2012年
語学研修
挑戦したいと考えていた、語学研修。応募資格である「副店長になって1年」を迎え応募。TOEICの得点と英会話での面接をクリアし、3カ月間、オーストラリアの語学学校に通いながら、フードサービスビジネスを視察。オーストラリアのKFCは日本にないメニューや設備があり、セットのボリュームも違う。また、世界中から集まる留学生との日々は、新しい発見の連続だった。語学研修後は外国人のスタッフが多い梅田HEP通り店へ。語学研修で得た経験を活かし、海外からのお客さまがネームタグを見ればその従業員が何語を話せるかが分かる仕組みを提案。それが好評を得て、他店舗でも取り入れられるように。
2015年
店長代行時代
店長代行時代は多様な店舗を経験。最も印象的なのは、海外からのお客さまが多い、秋葉原店時代。外国人のお客さまやパートナーを言語面でサポートしながら、売上に対する人員計画などの経営感覚を身につけていった時期。同時に、生まれた国が違うメンバーたちが、KFCらしいホスピタリティを身につけいくことが喜びでもあった。
2017年
店長時代
店長になるまで、意外と長かったと語る市川。その理由は、自分の中で店長になる覚悟ができていなかったため。そんなとき、配属されたのが中野店。パートナー、社員含めて一体感があり、厳しさと温かさの両方があるチームに出会い「自分も、こんなお店をつくりたい」と思った。当時のエリアマネージャーが市川の背中を押したいがために配属した店舗でもあった。その想いを実現させるべく、その後、銀座INZ店の店長に。店舗のトップとして市川がこだわっていたのは‟安全“。高温での調理も行うキッチンでも、安心して働いて欲しかった。また、海外生まれのスタッフが増え、価値観が違う中で品質を保つ難しさに直面。衛生教育も工夫するなど、力を入れた。
現 在
経営管理部
予想外だった、経営管理部への異動。ここでは、店長時代の経験と語学力が活かされている。現在は、社内会議体の運営、タイを含む事業投資先の業績モニタリングや報告資料の作成などを通じて、経営支援にも携わっている。「転職したかと思うほど、仕事内容が変化しました。店舗時代は、『お客様と接することで、KFCブランドの顔』としての責任を感じていましたが、今は日本KFCホールディングスの窓口としてビジネスパートナーと接していかなくてはならない。私自身、これまでより広い視野を持つ必要があります」。財務や事業投資、M&Aなど学ぶことは多い。「毎日が挑戦ですが、今の業務をもっと極めていきたいです」。